メンタル

【実録】外資コンサルで適応障害になり燃え尽きた話

2024.03.05 9 min read

この記事では、私が外資系コンサルティングファームで働き、適応障害で倒れるまでの実録を書きます。

「自分は大丈夫」「まだ頑張れる」

そう思っている人にこそ読んでほしいです。倒れる前の私に一番似ているからです。

絶好調だった入社3年目

入社3年目、私は誰よりも早く昇進しました。

大規模プロジェクトのリーダーを任され、年収も同期の中でトップクラス。
毎日深夜まで働いていましたが、「成長している実感」が麻薬のように効いていました。

「このままパートナー(役員)まで駆け上がってやる」
本気でそう思っていました。でも、それはただのアドレナリンでした。

最初の異変:「眠れない」

最初の異変は睡眠から来ました。

夜中の2時に仕事が終わってベッドに入っても、脳が覚醒して眠れない。
エクセルのシートやパワポのスライドが頭の中をぐるぐる回る。

ようやく眠れても、朝5時には動悸で目が覚める。
「今日もまたあのプロジェクトが始まる」というプレッシャーで、心臓がバクバクしていました。

「コンサルならこれくらい普通だ」「みんな寝てないんだから」
自分にそう言い聞かせて、市販の睡眠薬を飲んで乗り切っていました。

次の異変:「決断できない」「涙が出る」

半年後、仕事のパフォーマンスが明らかに落ちました。

  • 今まで5分で終わっていたメールの返信に30分かかる
  • 「AかBか」という簡単な決断ができなくなる
  • パソコンの画面を見ていると、意味もなく涙が出てくる

特に「涙が出る」のは怖かったです。悲しくないのに、ただ涙がこぼれる。
トイレの個室でこっそり泣いて、顔を洗ってから席に戻る。
そんな毎日が続きました。

限界を迎えた日の朝

限界は突然来ました。冬の寒い朝でした。

いつものようにスーツを着て、革靴を履こうとしたとき。
玄関で足がピタッと止まりました。

「ドアノブを回せない」

比喩ではなく、物理的に手が動きませんでした。
体が「これ以上行ったら死ぬぞ」と全力で拒否しているのがわかりました。

そのまま玄関に座り込んで、上司に「今日、休みます」と一言だけメールを打ちました。

心療内科での診断

その日の午後に心療内科に行きました。
医師は私の話を聞いて、あっさりとこう言いました。

「適応障害ですね。今日から最低3ヶ月は休んでください」

不思議なことに、ショックよりも「ホッとした」気持ちが強かったです。
「もう頑張らなくていいんだ」という安堵感で、診察室で声を上げて泣きました。

燃え尽きてわかった3つのこと

1年間の休職を経て、今振り返って思うことが3つあります。

① 「頑張り屋」ほど危ない

適応障害になるのは、メンタルが弱い人ではありません。
「責任感が強くて、SOSを出せない人」です。
「自分が我慢すれば回る」と思っている人ほど、限界まで我慢してポキっと折れます。

② サインは絶対に出ている

突然倒れたと思っていましたが、今思えばサインは出ていました。
「眠れない」「日曜の夜が怖い」「食欲がない」
それを「普通のこと」として無視し続けた結果でした。

③ 会社はあなたの人生の責任を取ってくれない

私が休職しても、プロジェクトは別の人に引き継がれて普通に回りました。
「自分がいなければダメだ」というのは、ただの思い上がりでした。

代えがきかないのは、仕事ではなく、「自分の人生」と「自分の心と体」だけです。

今、限界ギリギリで働いている人へ

もし今、昔の私と同じように「眠れない」「涙が出る」という症状があるなら。
お願いですから、明日休んでください。

「このプロジェクトが終わるまでは...」
「今抜けると迷惑がかかる...」
そう思う気持ちは痛いほどわかります。

でも、あなたが倒れたら、それ以上の迷惑がかかります。
そして何より、あなた自身の人生が壊れてしまいます。

逃げることは、負けじゃありません。「自分の命を守るための戦略的撤退」です。

適応障害の初期症状はこちらにまとめています。
一つでも当てはまるなら、休む準備をしてください。
【自己診断】適応障害の初期症状チェックリスト10項目

リョウ

R

Ryo

元外資コンサル → 独立・ブロガー

外資コンサルで燃え尽き、30歳で人生を再設計。現在は転職・独立・メンタルケアの経験をベースに発信中。

詳しいプロフィールを見る