この記事では、私が外資系コンサルティングファームで働き、適応障害で倒れるまでの実録を書きます。
「自分は大丈夫」「まだ頑張れる」
そう思っている人にこそ読んでほしいです。倒れる前の私に一番似ているからです。
絶好調だった入社3年目
入社3年目、私は誰よりも早く昇進しました。
大規模プロジェクトのリーダーを任され、年収も同期の中でトップクラス。
毎日深夜まで働いていましたが、「成長している実感」が麻薬のように効いていました。
「このままパートナー(役員)まで駆け上がってやる」
本気でそう思っていました。でも、それはただのアドレナリンでした。
最初の異変:「眠れない」
最初の異変は睡眠から来ました。
夜中の2時に仕事が終わってベッドに入っても、脳が覚醒して眠れない。
エクセルのシートやパワポのスライドが頭の中をぐるぐる回る。
ようやく眠れても、朝5時には動悸で目が覚める。
「今日もまたあのプロジェクトが始まる」というプレッシャーで、心臓がバクバクしていました。
「コンサルならこれくらい普通だ」「みんな寝てないんだから」
自分にそう言い聞かせて、市販の睡眠薬を飲んで乗り切っていました。
次の異変:「決断できない」「涙が出る」
半年後、仕事のパフォーマンスが明らかに落ちました。
- 今まで5分で終わっていたメールの返信に30分かかる
- 「AかBか」という簡単な決断ができなくなる
- パソコンの画面を見ていると、意味もなく涙が出てくる
特に「涙が出る」のは怖かったです。悲しくないのに、ただ涙がこぼれる。
トイレの個室でこっそり泣いて、顔を洗ってから席に戻る。
そんな毎日が続きました。
限界を迎えた日の朝
限界は突然来ました。冬の寒い朝でした。
いつものようにスーツを着て、革靴を履こうとしたとき。
玄関で足がピタッと止まりました。
「ドアノブを回せない」
比喩ではなく、物理的に手が動きませんでした。
体が「これ以上行ったら死ぬぞ」と全力で拒否しているのがわかりました。
そのまま玄関に座り込んで、上司に「今日、休みます」と一言だけメールを打ちました。
心療内科での診断
その日の午後に心療内科に行きました。
医師は私の話を聞いて、あっさりとこう言いました。
「適応障害ですね。今日から最低3ヶ月は休んでください」
不思議なことに、ショックよりも「ホッとした」気持ちが強かったです。
「もう頑張らなくていいんだ」という安堵感で、診察室で声を上げて泣きました。
燃え尽きてわかった3つのこと
1年間の休職を経て、今振り返って思うことが3つあります。
① 「頑張り屋」ほど危ない
適応障害になるのは、メンタルが弱い人ではありません。
「責任感が強くて、SOSを出せない人」です。
「自分が我慢すれば回る」と思っている人ほど、限界まで我慢してポキっと折れます。
② サインは絶対に出ている
突然倒れたと思っていましたが、今思えばサインは出ていました。
「眠れない」「日曜の夜が怖い」「食欲がない」
それを「普通のこと」として無視し続けた結果でした。
③ 会社はあなたの人生の責任を取ってくれない
私が休職しても、プロジェクトは別の人に引き継がれて普通に回りました。
「自分がいなければダメだ」というのは、ただの思い上がりでした。
代えがきかないのは、仕事ではなく、「自分の人生」と「自分の心と体」だけです。
今、限界ギリギリで働いている人へ
もし今、昔の私と同じように「眠れない」「涙が出る」という症状があるなら。
お願いですから、明日休んでください。
「このプロジェクトが終わるまでは...」
「今抜けると迷惑がかかる...」
そう思う気持ちは痛いほどわかります。
でも、あなたが倒れたら、それ以上の迷惑がかかります。
そして何より、あなた自身の人生が壊れてしまいます。
逃げることは、負けじゃありません。「自分の命を守るための戦略的撤退」です。
適応障害の初期症状はこちらにまとめています。
一つでも当てはまるなら、休む準備をしてください。
→ 【自己診断】適応障害の初期症状チェックリスト10項目
リョウ